ハマのメリーさん


ハマのメリーさん

浜のメリーさん。
横浜の伊勢崎町、黄金町、関内によくいたという女性。
戦後、生きるために米国人の娼婦(パンパン)をしていたらしい。
岡山出身と聞き身近に感じた。

ハマのメリーさん

浜のメリーさん。浜野メリーさんではない。

浜のメリーさん

浜のメリーさんを知ったのは、浜横丁に飲みに行った際に店がいっぱいで帰ろうとしていたところ、壁一面の張り紙を見て知った。

wikipediaには
メリーさんは、横浜の中心部でしばしば目撃された正体不明の老女。
歌舞伎役者のように白粉を塗り、フリルのついた純白のドレスをまとっている。
終戦後進駐軍兵士相手に身体を売っていた「パンパン」と呼ばれる娼婦のなれの果てだと噂されていた。
岡山出身で戦後、関西方面でしばらく過ごした後、東京、横須賀をへて横浜にやって来たようである。
中村高寛監督の映画「ヨコハマメリー」によると来浜の時期は1963年とのことだが、
檀原照和・著「消えた横浜娼婦たち」によると1955年にはすでに伊勢佐木町で目撃されていた、という。

wikipediaに記載された内容よりも詳しく浜横丁の張り紙は書かれていた。
決して心を開かない女性だったと。
そして、誰よりも恩に対して誠実な対応をされていた女性だったと。
戦後の苦しい時代を生きた1人の女性だったのだと思う。


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One Response to ハマのメリーさん

  1. Arison より:

    浜のメリーさん。 横浜の伊勢崎町、黄金町、関内によくいたという女性。 戦後、生きるために米国人の娼婦(パンパン)をしていたらしい。 岡山出身と聞き身近に感じた。

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