【信長ストラグル】毛利新助とは


桶狭間古戦場祭 織田信長

信長ストラグルがマンガボックスで連載されています。
主人公は毛利新助。
信長ストラグルは簡単に言うと、
本能寺の変で死んだ信長が再び戦国時代に転生。
織田信長が毛利新助に生まれ変わって、強くてニューゲーム的な漫画です。

毛利新助って名前を聞いて、誰だろうと思っていましたが、この前の

豊明市桶狭間古戦場祭を見に来ました

で、毛利新助の活躍を知りました。

毛利新助(新介)

出自については不明。織田信長に馬廻として仕えたとされるが、小姓であったともいう。
永禄3年(1560年)、桶狭間の戦いでは負傷した服部一忠を助け、今川義元の首を取り名を上げた(この際、指を噛み千切られたともいわれる)。
その功により、のちに黒母衣衆のひとりとなった。

信長上洛後は大河内城攻め、甲州攻めなどに参加したが、桶狭間以後は目立つ活躍もできず、一隊の長に昇ることなく信長の側近として旗本部隊に属した。天正10年(1582年)、本能寺の変の際は京都に随行しており、信長の長子信忠を守って二条城に篭り、信忠とともに奮戦の末に討死した。
桶狭間以降は名を「毛利新介良勝」と名乗り手厚い褒美を受けたという

アンサイクロペディアでは戦国時代の一発屋と書かれていた。

桶狭間では、信長の奇襲により、義元の本陣は大混乱。
逃げる今川義元を織田軍の服部小平太が槍をだすも、今川義元は服部小兵太の左膝を切りつける。
その後、毛利新助(毛利良勝)は人差し指を食いちぎられながらも今川義元の首を獲る。

この時の、ちなみに桶狭間の戦功第一は、毛利新助でも服部小平太でもなく、義元が桶狭間で休息してる所を見つけた簗田政綱だった。
とは言え、今川義元の首を獲った毛利新助。

新助は桶狭間の戦い後、信長の親衛隊の位置づけである黒母衣衆の一人になった。
その後は文官として領土安堵の朱印状を発行するなど活躍。最後は信忠を守って討死。


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