責任の所在

2010/03/20

概要

企業が衰退する場合、誰に責任があるのか。目的地が違うのか、方向がおかしいのか。届かないだけなのか。目的地に到着できなかった原因を考えた時、おのずと何が問題かわかるのではないだろうか。

発端

この不景気で会社は次々と倒産していく。ほとんどはサブプライム問題による日本の不況が大きな要素なんだろうけど、実際に生き残っている会社も多い。

中小企業は1つの間違えも許されない。この不況が過ぎ去るまで耐えしのぐには、会社の改善点を見つけ、改善していくしか他ならない。

大航海時代

大航海時代、西欧の各国はインド・アジア・アメリカへと植民地を増やそうとしていた。 数多くの船団が新大陸、富を求め大海原へと旅立った。 無事にインドまで行って香辛料を持って帰ることができた船もあっただろう。 地の果てを目指していた船もあっただろうし、目的地とは別の場所に着いた船もあるだろう。 途中で力尽きて幽霊船となった船もあるだろう。

3タイプに分けてみる

会社は目的を決め、その目的に向かって進むと言う意味では船と似ている。 目的地が違うのか、方向がおかしいのか。届かないだけなのか。そこを考えた時、おのずと何が問題かわかるのではないだろうか。

失敗する背景には様々な要素があるんだろうけど、内部にその原因を求めるなら、3種類の人間に分かれるだろう。

目的地を決める者(船長:社長)。目的地の方向へ舵を切る者(航海士:経営陣)。オールを漕ぐ者(船員:従業員)。

目的地が宇宙!? この船は戦艦ヤマトか!

目的地を決める者が正しい目的地を決めれないのであれば、目的地を決める者の責任だ。中小企業で言うならば社長だろうか。

普通の船で「宇宙に行きたい」なんて言い出したら、「いや無理だし」と言いたくなる。 「イカダで世界一周しよう」これも不可能ではないかもしれないけど普通は無理で無茶だ。 自分の船の大きさと船員の力を見て目的地を決めなければ、死ぬのを怖れた船員が逃げ去ってしまうのも仕方がない。

「あついところがいい」 漠然とした目的地も困る。どこに行けばいいのかわからない。目的地は誰にでも明確にわかる目的地でなければいけない。

ハワイ目指してたら、南極ついちゃった。てへっ

目的地が妥当でも、羅針盤もない状況で進んでいたら目的地に着くわけがない。舵を切ることもなく進んでいては目的地に着くわけがない。 方向が誤っているのであれば舵を切る者の責任だ。中小企業で言うなら取締役などの役員といったところか。

「必死こいて漕ぎまくりましたよ。でも、着いた先が南極でした。ちょっと寒くなっているとは思ってたんスけど」 「帰りの食べ物もないんで、しばらくここでいて……どうしましょうかね」

直線で行けば行けたのに蛇行してたから到着できなかった。そもそも別の場所についてしまった。 よくあることかもしれない。オーストリアに行きたいのにオーストラリアについてしまった場合とか。

ある程度、船員の声は聞こえてくると思う。でも船員の言うままに舵をきらしてはいけない。船員に舵を切らしてはいけない。 舵をきる者が考えた上で舵をきらなければ方向性は定まらない。舵は1つしかない。 最短距離を選んで進むのが役目である。

もう無理っす。筋肉痛で無理っす。自分お腹減ってるんで駄目っす

目的地も舵取りもしっかりしていても船員の力がなければ、スタート地点から進むことはできない。中小企業で言えば従業員といったところか。

「金もらうためですから、金の分しか動きません」 「沈没しそうになったらいつでも乗り換えればいいし」 「もうすぐ寿命なんで、ゆっくりしときますわぁ」

社長の熱意、取締役の指示があったとしてもオールを漕ぐ従業員にやる気がなければ前進はありえない。

現場を知っているのだから
    目的地が遠すぎるなら、目的地を変えるように進言すべきだ。
    方向が違っているのであれば、方向を直すように進言すべきだ。
    仲間と支えあって、オールを漕いでいくしかないのだ。

……自分たちがやるんですか

やるっきゃない。オールを漕ぐ者ががんばるしか。

方向がずれた分だけ渡航距離が増えたなら、その分漕いで到着するしかない。 次からは方向がずれないようにしっかりと舵をきる者に念を押しとかなきゃいけないけど。

目的地が突拍子もないなら、一度で行かなくてもいいじゃないか。 舵をきるものと相談して、少しずつ目的地に向かっていけばいいかと。

船長の責任、航海士の責任、船員の責任

船長は船の規模と船員の状況を見て、実現可能で明確な目的地を決める責任がある。

航海士は船長の指す目的地へ向け舵を切えう責任がある。目的地への距離と船員たちの状況を把握し、場合によっては寄り道も仕方がないだろう。

船員は船を進ませる責任がある。ただひたすらにオールを漕ぐ。目的地を目指すため船長や航海士へ声を上げる。仲間のやる気を出させる。

どのポジションも重要で1つのポジションが崩れてしまうだけで失敗してしまう。

モノサシを変えれば、自分が船長であり、航海士であり、船員

責任の所在を考えるならば、まず自分に責任がないかを考えるべきだ。 これは別に企業に限ったことではない。モノサシを変えれば、自分が船長であり、航海士であり、船員となるうるのだから。

地球、国、政治、企業、職場、地域、家庭、個人……。自分のポジションがわかれば、やるべきことと責任が見えてくる。

自分と言う船の船長

自分と言う船の船長であり、航海士であり、船員である。 簡単に言えば、責任は常に自分にある。そして、全て自分で変えていくことができる。 (そう思わないと、諦めちゃうし)

2010/03/20
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